DM白書ラボでは、「情報提供以外の処方影響要素と、その影響を高めるためには?」というリサーチテーマのもとで調査を行ったところ、「副作用や製品回収が起きた際のMRや企業の対応」の処方影響度が高い※1ことが明らかになりました。
そこで、「副作用情報を医師に届ける方法としてデジタルを活用する」という観点から、副作用情報の提供において2016年に製薬業界内で最も早く強化を進めた中外製薬にインタビューを行いました。
中外製薬の提供する「副作用データベースツール」(以下、副作用DBツール)について、その概要から導入に至る経緯、運用する際のポイントについてご紹介します。
取材年月 2024年4月
【インタビュー企業紹介】
中外製薬株式会社
医薬安全性本部 セイフティサイエンス第二部
部長 竹本 信也 様
スペシャリティ領域1Gグループマネージャー 若狭 俊明 様
オンコロジー領域2G 大川 健一郎 様
※所属・役職等は取材時点のものです。
インタビューにご協力いただいた大川様(左)、竹本様(中央)、若狭様(右)
セイフティサイエンス第二部の役割紹介
セイフティサイエンス第二部の役割を教えていただけますか
竹本様 |
セイフティサイエンス第二部は、医薬品の後期開発から市販後の各製品に関する安全対策を計画・実行する部署で、副作用の情報を早い段階から収集し、収集した情報を評価したうえで必要があれば安全対策を講じます。
安全対策のひとつとして、詳細な情報を提供するためのソリューションが副作用DBツールです。
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副作用DBツールにはどのように関わっているのでしょうか?
大川様 |
セイフティサイエンス第二部が中心となって副作用DBツールの展開・活用推進を行っています。他にも安全性推進部という部署がシステム開発を行ってくれています。
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副作用DBツールの概要
副作用DBツールの開発背景を教えてください
大川様 |
安全性情報を提供する際に用いる資材は主に添付文書や適正使用ガイドですが、最新の副作用発現状況や添付文書などに載っていない副作用情報について医師から質問をいただく機会があります。
その場合、主にMRが質問を受けますが、その場で回答できずに調べるためのお時間をいただくことがあったため、中外製薬で蓄積された安全性情報をスムーズに還元することを目的として、2016年に副作用DBツールの提供を開始しました。
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竹本様 |
顧客である医師へ、「必要な副作用情報をタイムリーにお届けしたい」という想いから、副作用DBツールの開発に至りました。患者さんに副作用が起きているということは早く情報が必要な状況で、回答にかかる1日や2日というのは通常の問い合わせよりも重い時間だと思います。
副作用情報の提供を紙媒体で行うことも可能ですが、情報が蓄積されることで膨大なページ数となり、最新の情報を反映するために頻回の改訂が必要となります。
更新作業にかかる手間の削減と、医師への情報提供にかかる時間を短縮するために、DXを進めることになりました。
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副作用DBツールの概要について教えてください
大川様 |
中外製薬が集めた安全性情報を、タイムリーに医療従事者へと提供することを可能にしたシステムが副作用DBツールです。医師から副作用についてご質問があった際に、MRがパソコンで副作用DBツールを開くことによって、添付文書や適正使用ガイドの情報に加えてリアルワールドデータ(以下、RWD)をお示しすることができます。
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調査データベースツール(以下、調査DBツール)とはどのような違いがあるのでしょうか?
大川様 |
調査DBツールと副作用DBツールは2016年にほぼ同時にリリースしました。調査DBツールは、製造販売後調査として医師に記入していただいた調査票の情報をまとめたツールで、副作用が起こっていない症例に関する情報も含まれています。
一方、副作用DBツールは、調査DBツールにある副作用情報に加え、医師が製薬企業や規制当局などに報告した副作用の自発報告、文献に記載されている副作用情報など、すべての副作用情報をまとめたツールです。
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副作用DBツールの具体的な機能を教えてください
大川様 |
副作用DBツールでは、副作用の件数表や症例一覧、発現時期、転帰などについて表やグラフでお示しすることができます。症例一覧表や経過票はご好評いただいています。
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副作用DBツールでできること:副作用の件数表/重篤度別 副作用件数グラフ
中外製薬様ご提供
副作用DBツールでできること:副作用の発現時期/副作用の転帰
中外製薬様ご提供
副作用DBツールでできること:副作用のラインリスト(症例一覧)/副作用の症例経過票
中外製薬様ご提供
先生方のニーズとしては「副作用の件数」などの薬剤全体の傾向に関する情報と、「副作用の症例経過」などの具体的な症例ごとの情報では、どちらの方が多いのでしょうか?
大川様 |
症例経過や個々の症例を詳しく見たいというニーズが多いと思います。ただ、わたしたちが情報提供する際に忘れてはいけないのは、個々の症例はあくまでも一例であり、すべてに当てはめることはできないという点です。そのため、全体の傾向も併せてお伝えすること、添付文書や適正使用ガイドの補足情報であることが重要だと考えています。
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症例経過票については、他社の医薬品を併用している場合もあると思うのですが、どのように対応されていますか?
竹本様 |
副作用の情報を収集した時に、医薬品のコードから一般名にして報告することになっているので、そのままデータベースで使用しています。
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希少疾患では個人が特定できてしまう場合もありそうですが、何か対応はされていますか?
大川様 |
オーファンドラッグで限られた患者さんにしか使われていないものに関しては、搭載しないなどの配慮をしたうえで対応しています。
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副作用DBツールの具体的な活用事例を教えてください
大川様 |
添付文書や適正使用ガイドに記載されているメジャーな副作用については、治験の際に行った対処方法などについての情報がありますが、添付文書や適正使用ガイドに記載されていない副作用もあります。
メジャーではない副作用が起きた際には、他の施設での対処法が参考になることがあり、実際に、副作用DBツールに掲載された過去の事例を参考にして副作用に対処し、重篤に至らなかった事例があります。
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副作用DBツールの提供によって期待される効果について教えていただけますでしょうか
大川様 |
医師からのご質問に対して迅速な情報提供が可能となります。患者さんが待ってらっしゃるので、即時に対応できることは患者さんの安心安全にもつながるのではないでしょうか。
また、データを加工せずに掲載していますので、透明性の向上や、医師の副作用報告に対する意識を変えることで副作用報告への協力が得られやすくなるという効果もあります。実際に、副作用報告の重要性に気づいていただき、副作用報告に協力いただけた事例や、病院内で副作用情報の共有につながった事例もあります。
さらに、MRから本社に問い合わせることが少なくなり、業務量を減らすことができました。
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副作用DBツールによって、先生方はどのぐらい前向きに副作用報告をしてくれるようになったのでしょうか
大川様 |
お示しできる定量的なデータはないのですが、わたしが医師へ紹介した際に「きちんとやらないといけないことだね」というコメントを複数回いただいています。
「先生方のご協力のおかげで副作用DBツールの情報がどんどん充実しますので、引き続きよろしくお願いいたします」と、ワンパッケージで伝えることも大切ではないでしょうか。
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MRからの問い合わせ量については、実際にどの程度減ったのでしょうか?
竹本様 |
わたしの感覚ですが、8割ほど減ったと思います。年間数百件あった本社への問い合わせがほぼゼロに近くなり、本社もMRも問い合わせに関する業務が減りました。
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副作用DBツールにより、期待される効果
中外製薬様ご提供
利用規約について教えてください
大川様 |
収集した副作用情報のすべてをありのまま出すということはリスクをはらんでいるので、利用規約はしっかりと定めています。特に、副作用DBツールで提供した情報の2次利用は禁止しています。
また、副作用DBツールは、添付文書や適正使用ガイドなどの公式な文書を補足するためのRWDなので、副作用DBツールの1例だけではなく、全体像として添付文書などの内容も確認していいただきたい旨をお伝えしています。
また、責任の範囲に関しても、事実としてお示しした情報に対して医師によって様々な解釈があると思いますので、「副作用DBツールを見たあとのご判断は先生方でお願いします」とお伝えしています。
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竹本様 |
製薬企業が伝えたいメインメッセージは添付文書や適正使用ガイドで、副作用DBツールの情報は事実を示しているものです。「添付文書や適正使用ガイドの補助として副作用DBツール使ってください」と伝えていくことが、最も重要なポイントです。
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副作用DBツールの利用規約(一部抜粋)
中外製薬様ご提供
副作用DBツールの課題を教えてください
竹本様 |
副作用DBツールの課題としましては、適応外使用で報告された副作用の情報もありますが、適応外使用を推奨しているわけではないことを伝える必要があります。
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大川様 |
適応外使用は推奨しないことや、2次利用の禁止という情報の位置づけについて注意していただかなければならないので、これを徹底するための社内教育も重要です。
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副作用DBツールの導入
副作用DBツールの導入を進める際の流れを教えてください
竹本様 |
副作用DBツールを弊社で導入した当時は、まだどの製薬企業も導入していなかったので、タイムリーに必要な情報をお届けするというコンセプトを実現するためには、どのような課題があるのかをチーム内で洗い出し、リスクを最小限に抑えるための対策について検討しました。
例えば、コンプライアンスに関しては、懸念事項を紐解いていき、弁護士や行政などに確認して課題をひとつひとつすべて潰して前に進めました。
同時に、システム開発をアジャイル的に進めていきました。
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副作用DBツールの開発にあたって、どのような体制で進められたのでしょうか?
大川様 |
IT部門にも参画していただきました。また、メディカル関連の部門にもアドバイザーとして協力していただきました。
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竹本様 |
副作用DBツールの適正運用には、2次利用の禁止や添付文書の補助として利用していただくことなどを定めた利用規約の遵守をMRに徹底することが重要です。利用規約の遵守を徹底できない場合、プロジェクトを中止することも考えました。そのため、営業部門と連携してコンプライアンスの徹底について教育する体制を作りました。
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データをデジタル化する部分などで困難だったことはありますか?
竹本様 |
個人情報が入らないようにすることと、文献などは著作権があるので、著作権に抵触しないための工夫は必要でした。
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データの件数が多い場合には絞り込みに時間がかかるケースもあると思うのですが、どのような対策をされたのでしょうか?
竹本様 |
速度に関しては、日々改善の検討はしていて、適宜更新しています。
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副作用DBツール導入後の運用
副作用DBツールを導入後、MRに利用してもらうための工夫などはされましたか?
竹本様 |
ユーザーであるMRの声を聞き、営業本部と連携して進めていきました。
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MRは、皆さん副作用DBツールを使っている状況でしょうか?
大川様 |
はじめに何度か触っていると思いますが、よく使う人がいる一方で、一部使わない人が出てきている状態ではあります。
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竹本様 |
領域や製品によって副作用情報についての医師からのニーズが異なります。MRの担当製品によっては安全性に関する質問があまりなかったりするので、医師のニーズ次第で利用頻度は変わってくると思います。
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適正運用に関する教育はどのようなことをされたのでしょうか
竹本様 |
副作用DBツール利用に関する研修を受けないと、副作用DBツールへのアクセス権が与えられません。定期的な注意喚起も含めて、適正運用を担保することが一番大事なので、適正運用ができないのであれば、副作用DBツールの導入はやめた方がいいと思います。
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若狭様 |
適正運用に関しては徹底されていて、MRはかなり意識が高いと思います。エリアの監査役がチェックしていますし、副作用DBツールを活用すること自体にMRが慎重です。
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他社でも参考になる、適正運用を徹底するための取り組みなどがあれば教えてください
竹本様 |
副作用DBツールとは別に、安全性に関する意識そのものに対する考え方が重要ではないでしょうか。弊社は昔から抗がん剤を扱っていることや、コンプライアンスを重視した会社なので、コンプライアンスに対する意識そのものが高いのだと思います。コンプライアンスを徹底することを当たり前の文化としていかに醸成できるかが、副作用DBツールの運用には大事だと思います。
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医療従事者の御社に対するロイヤリティが高まったなどの手応えはありますか
大川様 |
透明性の向上などの部分で、「中外製薬は安全性情報に関してしっかりと対応しているね」などのコメントを、がん専門の薬剤師や薬剤部長などからいただくことがあります。
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竹本様 |
医師のアンケートに基づく定量的データだと、「患者中心の高度なソリューション提供」の「顧客満足度評価(がん領域、MR以外からの情報入手) No.1」※2「顧客満足度評価(安全性情報提供)
No.1」※2と評価をいただいています。
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MRが使うツールとしてスタートして、そこからWebサイトで医療関係者に公開するに至った背景を教えてください
竹本様 |
MRが副作用DBツールを用いて情報提供していくなかで、医師や薬剤師から自ら利用したいという声が集まってきて、医療現場のニーズが顕在化してきたからです。
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Webサイトに載せたのが運用開始から4年後の2020年と伺いましたが、認知を広げるための取り組みはされたのでしょうか?
竹本様 |
MRによる医療関係者への情報提供の中で「これは先生ご自身でもWebで見ることができます」とお伝えしています。
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若狭様 |
PLUS CHUGAIという弊社の医療関係者向けサイトがリリースされたときに、そのコンテンツの1つとして副作用DBツールも案内しました。
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Webサイトに載せたことの手応えや現状の評価はいかがでしょうか
竹本様 |
ご利用いただいた医師からは、最新の情報が得られるというところで評価をいただいています。課題としては、MR向けに作ったものを展開しているため、ユーザーインターフェースの部分で医師の使いやすさに改善の余地があります。
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今後の展望
今後の取り組みついてお聞かせください
竹本様 |
1つは、先ほどお話したWebサイトに掲載している副作用DBツールのユーザーインターフェースについて、医師にも使いやすく改善する必要があると思います。
もう1つは、先ほどの適正運用の徹底にもつながりますが、副作用DBツールが独り歩きしないための工夫、適正なメッセージとセットで使ってもらうための工夫がさらに必要かなと思います。
また、医療関係者からのニーズはどんどん高まっていくので、弊社だけではなく、全製薬企業で導入した方がいいという話は医療現場から上がってきています。特に薬剤師からそのような声をいただきます。
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大川様 |
医療関係者からすると、どのメーカーの薬剤かわからず、製薬企業ごとに副作用DBツールの使い勝手も異なると課題感があるので、全製薬企業横断的なツールのほうが医師には使いやすいのかなと思います。
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全製薬企業横断の副作用情報を検索できるツールを実現するための動きなどはございますか?
竹本様 |
製薬協の中に、わたしがリーダーを務めているデジタルによる安全性情報提供のタスクフォースがありまして、その中で副作用データベースなどの活用について議論しています。
去年までに弊社含めて10社が副作用DBツールを導入していますが、今後さらに導入企業が増えて普及すると、全製薬企業横断の副作用情報を検索できるツールを求める声が医療現場から出てくるのではないでしょうか。
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副作用DBツール導入検討中企業へのアドバイス
副作用DBツールの先行者として、これから導入や運用を進めていこうとお考えの製薬企業に向けて発信できる情報などがあればお願いします
竹本様 |
課題はたくさんあるのですが、ツール自体の活用推進の前にコンプライアンスの徹底と、二次利用の禁止や適応外使用は推奨しないといった情報の位置づけの部分をきちんと教育できるかに尽きると思います。
また、弊社は副作用の出やすいオンコロジー領域の製品が多いため、副作用情報のニーズが高いのですが、副作用が少ない医薬品だと副作用情報のニーズが低い可能性があります。副作用DBツールの導入を検討する際は、副作用DBツールによって価値を提供できる医薬品かどうかを製薬企業が見極めることも必要ではないでしょうか。
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