【医師の働き方改革 CASE01】時間外労働規制に伴う薬剤情報収集への影響
医師の働き方改革に伴い、2024年4月から医師の時間外労働規制が適用されます。本コンテンツでは、医師の働き方改革によって医師の情報収集がどのように変わっていくのかを把握するため、インタビューを行いました。
今回は、大学病院の総合診療科に勤務するO先生へのインタビューから見えてきた、医師の働き方改革の現状と、医師の時間外労働規制による薬剤情報収集への影響について報告します。
O先生のプロフィール
・施設形態:大学病院
・診療科:総合診療科
・役職:講師医局長
・年代:40代
・取材年月:2023年8月
本記事のサマリ
<O先生の施設における時間外労働規制の状況>
施設の状況 |
・地域医療の救急を実施する水準と、若手医師の育成のための水準の両方を取得 ・2023年4月から時間外労働規制に対する取り組みをスタート |
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時間外勤務に関する考え方 |
・タイムカードで管理している時間は勤務時間 ・勤務時間外で、直接患者に対応した時間が時間外勤務となる |
自己研鑽に関する考え方 |
・所定の勤務時間外での情報収集活動は自己研鑽 ・院外で行われる講演会や研修会への参加などは自己研鑽 |
時間外労働規制に対する取り組み |
・勤怠管理を行うシステムを導入 ・連続勤務時間は28時間まで |
<医師の働き方改革による薬剤情報収集への影響>
薬剤情報収集への影響の有無 |
・専門領域の薬剤情報の収集には影響がない ・非専門領域の薬剤情報は収集しにくくなった ・インターネット講演会は、勤務時間内のスキマ時間等でも視聴できるよう、オンデマンド配信が望ましい ・MRからの製品説明会の頻度は変わらないが、開催時間が昼間開催に移行している |
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勤務している施設における医師の時間外労働規制の取り組み状況
O先生が勤務する施設における時間外労働規制の状況と、勤務時間と自己研鑽時間の考え方について紹介します。
勤務施設の紹介
O先生の勤務する大学病院では、地域医療の救急などを実施するために、時間外勤務労働の上限が年間1,860時間と定められている水準と、同じ時間外労働の上限が1,860時間でも、若手医師が勉強のためにより多く働くための水準の両方の適用を取得するとのことです。
勤務時間と医師の自己研鑽の考え方
時間外労働規制の前提となる勤務時間に関する考え方と、業務以外の医師の自己研鑽に関する考え方について、O先生の施設の状況を紹介します。
時間外勤務に関する考え方
●所定の勤務時間内に病院にいるかどうかをタイムカードで管理している。(医師ごとに契約時間が異なる場合がある)
●契約している1日の労働時間を超えて勤務したときには、時間外勤務として医師個人が申請をする。
●時間外勤務の申請をしなければ、契約時間を超えて院内に滞在した時間は、広い意味での自己研鑽の扱いになる。
●突発的に起こった事象(帰宅後に再度病院に呼び戻されたなど)については、直接患者に対応した場合、時間外勤務として申請してもよい。
●病院としては、患者対応以外の研究会や勉強会などについては自己研鑽という扱いが想定される。
自己研鑽に関する考え方(ルールとして明文化はされていない)
●所定労働時間外で行われる研究会や勉強会。
●場所が院外で行われる講演会など。
●院内での教育や先輩医師から疾患や薬剤を教えてもらう時間。
●患者に使用する薬剤について、MRとディスカッションした場合。
(患者に密にかかわることだが、患者に直接対応していないため)
医師の時間外労働規制に対する取り組み
O先生が勤務する大学病院での、時間外労働規制に対する取り組みを紹介します。当該大学病院では来年4月の制度施行に向けて、今年の4月から制度に対応するための移行期間として、時間外労働規制に対する取り組みをスタートさせました。
取り組みのスタートについては、大学病院の事務側から通知されたとのことですが、実際の運用に関しては各診療科や部門などの現場の対応に任せられています。具体的な例として、下表の取り組みが行われています。
表1.時間外労働規制に対する取り組み例
取り組み内容 | 説明 |
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勤怠管理を行うシステムの導入 | パソコンを使って勤務時間を管理できるようになった。 残業申請や有休申請などもシステム上で行えるようになった。 |
連続勤務が28時間まで | 夜間の待機時間も含めて連続勤務が28時間となり、当直明けの昼の12時半ごろには退勤して帰宅できるようになった。 |
MRによる集合説明会の開催時間変更 | 勤務終了後に開催されていたMRによる薬剤の説明会が、今年度からは勤務時間内に開催されることになった。 |
カンファレンスの開催時間変更、時間短縮 | 当直明けに帰る人が参加できるよう、カンファレンスの開催時間の変更や時間短縮、開催頻度を減らすといった取り組みを実施した。 |
患者への病状説明は勤務時間内に行う | 患者への説明は、よほどの事情がない限り勤務時間外ではなく勤務時間内に行っている。 |
チーム医療の中での多職種連携の増加 | チーム医療の中での多職種連携として、病院全体で薬剤に関することは薬剤師が関わる機会が増えてきている。 |
看護師にタスクシフト | 医師が対応していた業務の一部を、看護師が対応するようになった。 |
医療事務にタスクシフト | 書類の下書きや、定型的な検査や医療行為の説明を医療事務が対応するようになった。 |
本取り組みを通じての考え、感想
時間外労働規制に対する取り組みの中でのO先生の考えや感想を伺いました。また、周囲の医師の方々がどのように感じているのか、どのような意見を持っているのかについても伺うことができました。O先生から伺ったコメントは下表の通りです。
表2.本取り組みへのO先生のコメント
項目 | 考え・意見 |
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労働環境が変化したことによる良かった点、悪かった点 |
良かった点 ・身体的に楽になった ・患者さんに対して医療の質を落とさずに対応できている ・プライベートに使うことができる時間が増えた 悪かった点 ・夜勤明けの人が帰宅するため、勤務時間内の人員が減り、ひとりにかかる負荷が増えた |
若手、中堅、ベテランでのとらえ方の違い |
・ベテラン医師は、「若い時に働かなくてどうするんだ」というとらえ方をしている方が多い ・若手医師は、定時に勤務を終えて帰宅する、残業代はしっかりつけるというように、労務に関しては厳しい ・中堅にあたる自分は、いまだに残業代はつけないスタンスなので、板挟みのような状態 |
若手医師の働き方 |
・一定数は、「忙しい病院で修行したい」という人もいると思うので、病院ごとに色分けされ、病院を選ぶ医師もある程度二極化されていくと思う ・若いときにしんどい思いをした人たちの方が、あとでつらい思いや惨めな思いをしなくて済むとは思う |
自分が若手だったころと今の若手医師の違い |
・自分が若手だったころと比べると、今の若手医師の能力は「どうかな」と思うことの方が多い ・一方で、今の方が身体的・精神的に余裕がある状態で患者と接することができるので、患者満足度は高いかもしれない |
若手医師が臨床経験を積む機会が減っているのではないか | ・働き方改革により、忙しく働くことでは身につけられなかった能力を身につけることができるのかもしれない |
他施設の状況と、自施設との比較 |
・看護師や医療事務へのタスクシフトに関しては、多くの人が「大学病院は非常に遅れている」と話している ・若い人が多い病院では、早い時期から当直の翌日に帰る、時間を短縮するなどの試みを行っていると聞く ・大学病院も医師の働き方を変えていかないと、働き手が離れていくのではないかという危惧がでてきた ・若手医師にとっては、大学病院でないと取得しにくい専門医制度と労務の兼ね合いが出てくると思う |
医師の時間外労働規制の薬剤情報集に対する影響
医師の時間外労働規制は、医師の薬剤情報収集にどのような影響を及ぼすのでしょうか。
収集しやすくなった情報、しにくくなった情報
情報収集がしやすくなってはいませんが、自身の専門外の薬剤情報や新薬については、情報を収集しづらくなっています。
これまで薬剤情報収集に活用していた説明会が、時間外労働規制の影響で開催時間が変更され、参加しづらくなったことが原因です。説明会の参加機会が減少し、同時に薬剤情報に接する機会も失っています。
また、勤務時間外に薬剤に関して同僚医師に質問したいというケースでも、この規制の影響で、勤務時間外の質問はしづらくなっているとのことです。
現在は、専門外の薬剤に関する情報収集は、若手医師向けの雑誌や入門書を利用したり、勉強中の若手医師に最新の情報を聞く、などの手段を用いて行っています。
医師の働き方改革による薬剤情報収集の変化
医師の働き方改革により、薬剤情報収集の方法やMRとのコンタクト方法にも変化がみられました。
医師の働き方改革により高まるオンデマンド配信への期待
医師の働き方改革により、薬剤情報を収集する方法も変化していることがわかりました。特に、オンデマンド配信の利用が増加しています。
オンデマンド配信は日常業務のスキマ時間などで視聴でき、自宅など勤務先以外の場所からも気軽に利用できることから、期待が高いことがうかがえました。
MRからの情報入手方法の変化
MRとは、直接面談する機会が減少しています。これは、新型コロナウイルス感染症が流行した時期からみられる状況で、流行が落ち着いたタイミングで医師の働き方改革が進められたことも影響しているとのことです。
一方で、勤務時間中に手が空いた時間を有効活用できるため、リモート環境でのMRとの面会は増えています。
また、直接面談する機会が減っている分、MRからのメールが増えているとのことでした。
MRによる製品説明会開催時間の変化
MRからの製品説明会は、回数に変化はありませんが開催時間が変化してきています。これまで勤務時間終了後に開催されていたものが、勤務時間内に開催されるようになりました。
しかし、勤務時間内では多忙により参加しづらい点、当直明けに帰宅する方がいる点などから、参加人数は減ってきているとのことです。その結果、薬剤情報に触れる機会が減り、非専門領域の薬剤情報が収集しにくくなっています。
MRに期待していること
臨床試験の結果だけではわからない「実はこういう事例があった」「あの大御所の先生はこのように言っていた」といった紙資材やインターネットサイトには掲載されない内容を、MRから得たいという強い期待があります。
また、「他の医師が使用している薬剤情報を得たい」「他の医師との講演会のセッティングなど、人とのつながりを作ってくれる」ことなども、MRに期待されています。
ラボ編集部からのコメント
O先生へのインタビューからわかってきたのは、医師の働き方改革に伴い労働時間が厳格化される中、医師の勤務スタイルが確実に変化している点です。今後、薬剤情報の収集はこれまでのような勤務時間外ではなく、勤務時間内のスキマ時間に行う医師が増えていくのではないでしょうか。
医師に情報を届けるためには、情報の内容もさることながら、情報発信のタイミング、手段・方法を工夫し、勤務時間内において発生するスキマ時間を医師が効率的に利用して情報収集が行えるような創意工夫がより一層求められることになります。