ラボの休憩室 Vol.8 デジタル担当者に大切なこととは
このコーナーでは、製薬業界のデジタルマーケティングに長年関わってきた方に登場いただき、ざっくばらんにお話していただきます。
なお、本記事に掲載されている意見は、参加者の個人的な見解に基づくものであり、参加者の所属団体や他の関係者の意見を反映するものではありません。読者の皆様は、内容をご自身の判断でご利用いただきますようお願い申し上げます。
取材年月 2025年8月
某製薬企業のDx推進担当。20年以上にわたり、ヘルスケア業界で営業、マーケティング、IT、Dxの多分野に従事。これまでの経験を通じて、普段感じていることを飾らずにお話いただきます。 ■千葉 理洋(仮名)
DM白書ラボ フェロー
他社でやったことあるの?
| 千葉氏 | デジタル施策では、新しい取り組みを求められる場面も多いですが、その際に必ずといっていいほど問われるのが他社事例や実績です。そもそも新しい取り組みなので事例や実績がないのが当然だと思うのですが、この矛盾についてどう考えていますか? |
|---|---|
| アリキキ氏 | 「他社でやったことあるの?」って確かに必ず聞かれます(笑) |
| 千葉氏 | そうなんです(笑)。新しい取り組みなので基本的には「ない」のですが。 |
| アリキキ氏 | 実はわたしも他社実績はあったほうがいいと思っています。理由はシンプルに「社内を通しやすいから」です。 |
| 千葉氏 | なるほど。理由はそこなんですね。 |
| アリキキ氏 | 上層部を安心させるための要素として他社事例や実績があるとすごく楽。新しい取り組みを実行するには、予算にもよりますが承認をもらうまでに何段階も説明、説得が必要でそこがすごく大変なんです。承認を取るために1~2か月かかってしまったり。もともと理解がない人が多いので。 |
| 千葉氏 | デジタル施策で1~2か月ロスするのは痛いですね。 |
| アリキキ氏 | その時に他社事例って楽なんですよ。「●●社でも実績があって、我々はこういう色をつけて実施します」という企画書を用意して説明すると、“●●社でやっている”というのが安心感につながって通しやすい。 |
| 千葉氏 | 今までにない薬を出すという点に徹底的にこだわっている業界なのに、デジタル施策については上層部の方に他社事例を求められるのはどうしてなんでしょうか。 |
| アリキキ氏 | あぁ。それについては、チャネル認識についての個人差が大きいと思っています。 |
| 千葉氏 | チャネル認識の個人差…? |
| アリキキ氏 |
今の上層部は「人」のチャネルがメインだった方が多い。「デジタルは周りもやっているし、やらなきゃいけないんだなとは思っている、でもどうなんだろうね?」っていう半信半疑な気持ちの方が多いんじゃないかな。 あとは日本人的な気質。日和見主義的、と言ってもいいかな。「あの人はどうかな?」っていう。“みんなと一緒だと安心”というものを無意識に求めているんじゃないかな。 |
| 千葉氏 | その気持ちはわからないでもないです。 |
| アリキキ氏 | だって万が一、新しいことをやりました、上層部が承認しました、それがうまくいきませんでした、そこに2000万円投資してます、という場合に、承認した方は減給になるかもしれない。「他社事例はありますか?」というのは、安心したい、保険をかけたい、という気持ちの表れなんですよ。 |
| 千葉氏 | 以前マーケ担当者に「どうして上市のタイミングでは、必ずと言っていいほど●●君を使うんですか?」と伺ったときに「自分の担当薬剤で前例のないことをして予想しないことが起きたら大変だから、効果があるかどうか不明だけどとりあえず使う。」という話を聞いたことがあるんですがまさにそこですよね。 |
| アリキキ氏 | はい。ありとあらゆることが多分そこなんです。無難がいい。突出したことをやるとそれだけリスクも背負うわけです。「〇〇くんもやってました」っていう子どもの発想と同じ。 |
「なんとしてもやるべきだ」という熱意を持てていますか?
| 千葉氏 | 確かに。社内を通すという意味では、本来の“新しい取り組み”を進めるのは、なかなか難しいということなんですね。では、今の環境において新しいことに取り組んでいくにはどんなことが必要なんでしょうか。 |
|---|---|
| アリキキ氏 | 前回※1、リーダーのインプットが足らないというお話をしましたが、担当者にもインプットが不足していると思っています。 |
| 千葉氏 | というと? |
|---|---|
| アリキキ氏 | 「他社事例はあるの?」というような上層部への説得を続けているうちに、「新しい施策を通すためにどうしたらいいか?」という情報収集になってしまうんです。「自分の実績も作らないといけない、結果を出さなきゃいけない、だからこの範囲でやろう」ってなってしまう。新しいことができるわけがないんですよ。そういう考え方では。 |
| 千葉氏 | 目的を達成するために必要なことが「新しい取り組み」だったのに、「新しい取り組みを通す」ことが目的になってしまうんですね。 |
| アリキキ氏 |
上層部からは当然いろいろなことを言われます。でも、「なんとしてもこれをやるべきだ」っていう熱意が必要なんです。でも実際には、「それでもやろうって」いう情熱を燃やし続けられる人と、萎えていってしまう人に大きく分かれる。 情熱や思いがあれば、情報収集先って変わってくると思うんです。旧態依然とした業界だけを対象にした情報収集だけでいいのかなと。デジタルの最先端では今何が行われているのか? 広い視野で情報収集するべきだと思っています。 |
| 千葉氏 | なるほど。 |
| アリキキ氏 | たとえば先日の「Google Cloud Next Tokyo 25」※2では他業界含めてAI活用の最新の取り組みについてのカンファレンスがありましたが、製薬業界で登壇していたのは中外さんだけでしたよね。 |
| 千葉氏 | そうですね。製薬業界のデジタルは他業界に比べて遅れていると言われますね。 |
| アリキキ氏 | はい。カンファレンスで話題になるのは弊社内では「ファーマIT」※3だったりします。それが悪いというわけではないし、今を知るという意味では大事なんですが、最先端のところではどんな取り組みが行われているの?というのはインプットすべきだと思うんです。 |
| 千葉氏 | 新しい取り組みを通すには、自分の「思い」を後押しできる十分なインプットが必要で、担当者自身が覚悟をもって周囲を説得していくことが大切ということですね。 |
- ※2 Google Cloud Next Tokyo 26 2025/8/5,6東京ビッグサイト
- ※3 ファーマIT&デジタルヘルス エキスポ:インフォーマ マーケッツ ジャパン株式会社が開催している製薬×DXイベント
自信を持てる知識や経験があるからこそ挑戦できる
| アリキキ氏 | そう。「必ず成功するだろう」とか、「これをやったほうが絶対いいはずだ」というような自信が持てるだけの知識や経験があればそこを押し通せる。 |
|---|---|
| 千葉氏 | そういえば、他業界から製薬業界のデジマ畑に来た人って、良くも悪くも自身の「思い」を貫き通すじゃないですか。それって今まで他業界でやってきた自信があるからなんでしょうね。 |
| アリキキ氏 |
確かに、そういう方はたくさんいらっしゃいますね。みなさんベースに知識と経験をお持ちなんだと思います。やっぱり製薬業界の担当者はインプットが足らないんです。 だって、そういう方って他業界で5年10年と経験を積まれて、その上で製薬業界へいらっしゃっているわけじゃない? もうバックグラウンドがぜんぜん違いますよね。彼らに追いつくためにはどれだけ勉強しなきゃいけないか?って思います。 |
インプットの時間を作ることが大切
| アリキキ氏 | でも実際本社でデジタル施策を担う部門に入っちゃうと、ほとんど作業や会議で時間が消費されていくという現実もあります。でも作業や会議で「忙しい」「時間がない」ってなるのはやっぱりだめです。 |
|---|---|
| 千葉氏 | そんなに会議が多いんですね。 |
| アリキキ氏 | 多いし、会議が好きなんでしょうね。でも時間を生み出して、その時間を勉強にあてがうとか、カンファレンスに参加するとかが必要だと思います。一方で、こういうくくり方は良くないけれど今のZ世代α世代の仕事への価値観って我々氷河期世代とは違うのでまた難しいですが(笑) |
| 千葉氏 | たしかに難しいところですね(笑)。 ただ、世代によって仕事観は変ったとしても、不変的な、例えば「企業は社会の公器※4」のような共通の意識を持って仕事ができれば、我々の世代とは違う、仕事に対する情熱や責任感が新たな形で生まれるのではないでしょうか。 |
| アリキキ氏 | 確かに。特に、我々はそういった意識が大切な業界に身を置いていますしね。 |
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(文:松原)







