ラボの休憩室 Vol.11 オムニチャネル時代のMRに必要なマインドセットって?
このコーナーでは、製薬業界のデジタルマーケティングに長年関わってきた方に登場いただき、ざっくばらんにお話していただきます。
なお、本記事に掲載されている意見は、参加者の個人的な見解に基づくものであり、参加者の所属団体や他の関係者の意見を反映するものではありません。読者の皆様は、内容をご自身の判断でご利用いただきますようお願い申し上げます。
取材年月 2025年9月
大手製薬企業、外資系製薬企業にてMRを10年以上経験後、営業部門(MR、マネージャー)の人材育成の担当者としてソフトスキル・オムニチャネルトレーニング、ローンチ時の研修に5年間従事、その後、DX推進者として、本社間、本社-MR間のコミュニケーションのハブとなってプロジェクトマネジメント、チェンジマネジメントを担当。 ■千葉 理洋(仮名)
DM白書ラボ フェロー
目次
MRに普遍的に求められているもの
| 千葉氏 |
前回までは、データ利活用のための環境構築、また、そのために必要なマインドセットについてお話を伺ってきました。 今回は、「オムニチャネル時代のMRに必要なマインドセット」がテーマです。 MRさんの営業スタイルって、これまでは上から「とりあえず行ってこい!」と言われて従うというやり方だったのが、デジタルツールの登場、透明性ガイドライン、医師の働き方改革、コロナ禍といった形で大きく環境が変化していますよね。オムニチャネル時代を迎えた今、MRさんに求められているマインドセットとはどんなものなのでしょうか。 |
|---|---|
| セーダス氏 | 求められているMR像っていつの時代も同じだと思っています。というのは、2:6:2の法則ってありますよね。過去においても、この上位2割のMRさんは顧客ごとに最適な情報提供をしていたんじゃないかと思っているからです。 |
| 千葉氏 | なるほど。 |
| セーダス氏 | ただ、「顧客ごとに最適な情報提供をするMR」であるためには、「言語化する力」が不可欠だと思います。前回※1お話ししたように、行動して振り返るというサイクルを繰り返すことで成長が期待できますが、そのためには、かつてのMRさんのような高い「実行強度」と、行動によって得た経験を「言語化する力」が必要です。言語化することで経験を知識に変え、自分の血となり肉となっていくと考えています。 |
| 千葉氏 | なるほど。一点気になったのですが、昔のような実行強度は要らない気もするのですが、今でも必要なんでしょうか。 |
|---|---|
| セーダス氏 | はい。実行強度が必要な理由として1つ例を挙げます。以前、高い思考力があるのにコール数が少ないMRさんへ「どうして先生のところに行かないの?」と理由を聞いたことがあるんです。MRさんからは「訪問するのに最適なタイミングは今じゃないんです。」いう答えが返ってきました(笑) |
| 千葉氏 | あぁ。リスクを正しく把握できる分、行動が制限されてしまっていたんですね(笑) |
| セーダス氏 | そうなんです。頭で考えるのは得意でも、思考優先型になってしまって行動することができていなかったんです。行動からしか経験は生まれないので、営業が科学されるようになって思考優先型になりがちな今だからこそ、昔のような実行強度が必要だと思うんです。 |
| 千葉氏 | 確かにそうかもしれませんね。 |
生成AIの登場で、人間の思考力はいらなくなる?
| 千葉氏 | では、言語化する力はどうしたら上がるのでしょうか。 |
|---|---|
| セーダス氏 |
日報をしっかり書くことや訪問後の上司との短い1on1など、日々の行動の振り返りをしっかり言語化することが、思考力や言語化力の強化につながると思います。 ……といいつつ、生成AIの登場で人間の思考力はいらなくなるのかもしれないとも思っています。 |
| 千葉氏 | 今は生成AIで会議の議事録も作成できますもんね……。 |
| セーダス氏 |
議事録作成って、「発言者の真意はなんだったのか」とか、「意思決定者の考えが変わったポイントはどこなのか」とか、メチャクチャ頭を使いますよね。これって思考力強化に繋がると思うんです。 それが、色んな事をAIに任せていくことで、人間の思考力は低下していくんじゃないか……、ということは思考力はいらなくなる?じゃあ人間は何をやるのか? ……って考えちゃいます(笑) |
| 千葉氏 | (笑)生成AIは「情報を集めさせること」「考えさせること」で使われることが多いですが、後者について、思考力が高い人はあまり信用していないんですけど、思考力を養っている段階の人ほど、違和感に気づかずにAIの結果を鵜呑みにしてしまいがちなんですよね。 |
| セーダス氏 | AIの考えた結果を精査するリテラシーを身に付ける必要もありますね。AIって便利ですが、色々と考えさせられます(笑) |
言語化力を高めるために必要なことは?
| セーダス氏 | 話を戻しますと、今って、行動経済学や脳科学など、科学的な根拠によって明らかになっていることやフレームワークを学ぶことができるので、科学によって昔より言語化能力を高めやすくなっていると感じています。 |
|---|---|
| 千葉氏 |
確かにそうですね。ちなみに、わたしが言語化するために活用しているのは、書籍です。 ビジネス書って、情報が体系立ててものすごくきれいに整理されているんですよね。自分自身がうまく言語化できないことを綺麗に言語化してくれている。読書というよりも、自身の暗黙知を形式知に変換するために本を活用しています。 |
| セーダス氏 |
わたしもよくします。文字情報が好きなんです(笑) ただ、本がいいという人がいれば、動画がいいという人もいるので、自分に合った方法を見つけるのが良いと思います。 トレーニングの中で、「受験生のときにどんな勉強方法が良かったか?」と投げかけているんですが、これは、視覚、聴覚……といった五感の中で、何が刺激されるとその人の学習効果が高まりやすいのか?を明らかにするためなんです。本、動画、オーディブルなど自分の得意な手法で知を取り入れよう、と話しています。ちなみに、私は耳からの情報は、どうも苦手なんです。 |
| 千葉氏 | セーダスさんは歌の歌詞って覚えられます? |
| セーダス氏 | まったく覚えられないです(笑)耳からの情報はどうも頭に入ってこなくて……。 |
| 千葉氏 | 私もです(笑)。そうじゃないかと思って聞いてみました(笑) |
CXは「言われたから仕方なくやっている」でいいのか?
| 千葉氏 | では、本社側が身に付けないといけないマインドセットやスキルはどんなものでしょうか。 |
|---|---|
| セーダス氏 | 千葉さんにお伺いしたいのですが、製薬企業マーケティング部門のCX※2への向き合い度合い、実行度合いについて、どのように感じていますか? |
- ※2 カスタマーエクスペリエンス(Customer Experience)の略で、顧客が企業の商品やサービスに触れる一連の体験や、そこから得られる総合的な印象・価値のこと。
| 千葉氏 | そうですね……。弊社は主にデジタル部門の方とお仕事することが多いのですが、マーケティング部門の方とお話する機会ももちろんあります。その範囲内での印象ですが、CXを本流に組み込んでいる人は少ないと思います。本流がすごく忙しい中で、「デジタルもちょっと使ってみようか」というかんじで、傍流として捉えられているのではないかと。 |
|---|---|
| セーダス氏 |
実はわたしも同じ感覚で、CXを別軸で捉えている、言われたから仕方なくやっている、という人が多いと感じています。 CXについてもっと真剣に考えて、他業種の事例を学んで、そこから参考にできることは取り入れていく必要があるし、CXがベースになっている状態を作るべきだと思っています。実際、他業種、とくに消費財の分野はCXを取り入れないと他社に負けてしまいますからね。マインドセットやスキルとは言えないかもしれませんが、これが1つ目ですね。 |
| 千葉氏 | そうですね。他業種から学ぶべき、という話は別の方とのお話※3でもでました(笑) |
| セーダス氏 | 製薬業界は、戦略立案に数か月、社長プレゼン、その後細分化された戦術に落として……と、昔ながらのやり方を続けていますが、他業界のように、もっとアジリティ※4高く修正していけばいいじゃないかと思うんですよね。こういう思考プロセス、いわゆるデザイン思考※5を身に付けることが必要だと思います。これが2つ目ですね。 |
|---|
- ※4 新しい環境や経験から素早く学び、それらを未知の問題に応用できる能力
- ※5 ユーザーの視点に立ち、共感からアイデアを生み出し、試作を繰り返すことで、ユーザーの真のニーズに応える革新的な問題解決アプローチのこと。具体的な行動を伴うプロセスとして、共感(Empathize)、定義(Define)、概念化(Ideate)、試作(Prototype)、テスト(Test)の5つの段階で構成される
ペルソナやジャーニー設定が、間違い探しになってしまっていませんか?
| セーダス氏 | 本テーマに関わる話なんですが、弊社ではオムニチャネルのジャーニーを作らない、いや、作れないんです。 |
|---|---|
| 千葉氏 | え、そうなんですね。それはどうしてでしょうか? |
| セーダス氏 | 理由は大きく2つあって、1つはMRの自律性を高めるために正解を出し過ぎないため、もう1つは出してしまうとMRがその通りに動いてしまうからなんです。ジャーニーはあくまでペルソナのジャーニーであって、医師一人ひとりにそのまま適用できるわけではないので、そこを危惧しています。 |
| 千葉氏 | なるほど。 |
| セーダス氏 | ただ、この状態で動けるのって2:6:2の上位2割で、残りの8割の人が動くにはかなり厳しい。上位2割の人にしても、思考の使いどころはそこじゃないと思うんです。ジャーニーを医師ごとに適合させるにはどうしたらいいのか、ということに思考を使ったほうがいいはずなんです。 |
| 千葉氏 | 確かに。 |
| セーダス氏 | そう考えると、本社が作ったジャーニーを基に、MRが先生ごとに適合したやり方を考えるという方法に変えていかないといけないと思っています。 |
| 千葉氏 |
お話を伺って、ジャーニーやペルソナを難しくとらえすぎている気がしました。 例えば、「日本人ってこうだよね」とか「日本人ってこういうことしがちだよね」といった共通理解ってあると思いますが、それがどの日本人にも当てはまると考える人はいないですよね。これがジャーニーに落とし込まれると、とたんに「いや、そうじゃない日本人もいる!」という話になってくる。ジャーニーはユーザーの感情や行動について理解を深めるためのものなのに、“崇高なもので正しいことを提示しているもの”という捉え方になってしまっているのではないでしょうか。 |
| セーダス氏 | そうですね。トレーニングでも「違いを探すことではなくて、取り入れたほうが良いところを探すというマインドで参加して欲しい」と伝えています。互いに理解し合って、良いところを取り入れていくというマインドセットも大切ですね。 |
次回は、リーダーに必要なマインドセットについてお話を伺います。
(文:松原)



