マーケティングオートメーション活用に向けた取り組み(塩野義製薬株式会社)
今回は、製薬各社で導入が進むマーケティングオートメーション(以下、MA)について、塩野義製薬株式会社(以下、塩野義製薬)ニュープロダクトプランニング部デジタルマーケティングチームのおふたりにインタビューを行いました。
塩野義製薬では、MA活用によってDM白書のオウンドサイトお役立ち度に好影響が出ています。着実にMA活用が進んでいる塩野義製薬の具体的な実例やポイントについてお伺いしました。
取材年月 2025年3月
目次
ニュープロダクトプランニング部
フロンティアグループ グループ長 岩松様、竹内様
※所属・役職等は取材時点のものです。
ニュープロダクトプランニング部 デジタルマーケティングチームの役割紹介
デジタルマーケティングチームの役割についてお聞かせください。
岩松様 |
デジタルマーケティングチームはニュープロダクトプランニング部に所属しており、現在3名のスタッフで業務を行っています。ニュープロダクトプランニング部は、グローバル製品を含むポートフォリオ管理や国内上市製品の市場価値最大化を目指したマーケティングプランの作成・実行を担当しています。 その中で、私たちデジタルマーケティングチームは、オウンドメディアや3rdPartyなどのデジタルチャネルを通じて効率的な情報提供の設計、環境整備、企画、実行を行っています。 具体的には、医療従事者向けサイトや分析ツールなどの関連システムの整備、プロダクトチームとの連携によるデジタル施策の設計や実行に携わっています。 |
---|
プロダクト戦略にデジタルを組み込む部分を企画されているという理解でよろしいですか?
岩松様 | はい、各プロダクトチームのマーケティングプランにおけるデジタルチャネル戦略について、デジタルマーケティングチームが横串でプロダクトチームを支援しています。また、プロダクトのマーケティングプランに直接関連しないオウンドメディアなどのデジタル環境を整備する業務も行っています。 |
---|
MAに関する社内体制と役割分担
MA活用に関する社内体制や役割分担について教えてください。
岩松様 |
私たちは、各プロダクトのマーケティング戦略に基づいて、どのコンテンツをどのタイミング、どのようなメールで配信するかのプランニングおよび実行を行っています。 また、具体的な配信準備などのオペレーションは関連会社へ委託しており、これらの関連部署と連携しながらMAの活用を進めています。 |
---|
MAの活用に至った背景
MA活用に取り組む背景を教えてください。
竹内様 |
弊社ではMAをコロナ禍前から導入しており、製薬業界内でも比較的早い段階での導入だったと思います。しかし、その当時はデジタルチャネルでの情報発信は3rdPartyからのコンテンツ配信が主流で、社内でもオウンドメディアやMAの本格的な活用に対する関心はそれほど高くありませんでした。 さらに、マーケティング部門にデジタルマーケティングの専門的な部署がなかったため、各デジタル施策を考えるプロダクトチームがMAの活用イメージを持てず、うまく活用しようとする段階には至っていませんでした。また、弊社の医療従事者向けサイトも整備が不十分で、配信できるコンテンツが少なく、メールでの配信はWeb講演会の案内メールに限られていました。 その後、2021年にデジタルマーケティングチームの前身となるプロジェクトが発足し、医療従事者向けサイトのリニューアルが検討されるタイミングで改めてMA活用の模索が始まりました。そして、2023年に医療従事者向けサイトのリニューアルが完了し、サイト内のコンテンツが充実したタイミングでMA活用の本格的な検討が始まりました。 しかし、社内にはMAのプランニングやオペレーションに関するノウハウがなかったため、PDCAを迅速に回して知見を蓄積するために、MAの豊富な経験・知見を持つMCIさんに協力していただき、特定の製品でMA活用に集中的に取り組む6ヵ月間のプロジェクトを立ち上げました。このプロジェクトは、MA活用の幅を大きく広げたと実感しています。 |
---|
MA活用が大きく前進した強化プロジェクト
MA活用に集中的に取り組んだ6ヵ月間のプロジェクトについて教えてください。
竹内様 |
プロジェクトでは、「配信するメールの最適化」と医療従事者向けサイトや3rdPartyのログデータを活用した「シナリオ設計と実装」に焦点を当てました。「配信するメールの最適化」では、従来の一括配信メールを題材に、可能な限り多くの課題(仮説)を洗い出し、その検証を繰り返して知見を蓄積していきました。 また、「シナリオ設計と実装」では、プロダクトチームと連携してプロダクト戦略に基づいたシナリオを設計しつつ、メールの特性を考慮して「弊社の製品に興味を持っていない先生方が興味を持っていただけそうなコンテンツをシナリオの上流に盛り込む」「未開封医師向けのシナリオを複数用意する」「シナリオの起点を、現時点で先生方のアクセスが多いページに設定する」など、デジタルの知見とプロダクトチームの知見を結びつけて設計を進めました。 本プロジェクトの背景には「PDCAを迅速に回して知見を蓄積する」という点があり、この6ヵ月間で約90種類のメールを配信し、多くの知見を得ることができました。 |
---|
6ヵ月間のプロジェクトを進めていく中で、いつ頃から手応えを感じましたか?
竹内様 | 私が最初に手応えを感じたのはプロジェクト開始から2〜3ヵ月後で、特に「配信するメールの最適化」に取り組んでいた頃だと思います。具体的には、件名やメールの本文の体裁、リンクの付け方について仮説検証を繰り返しながら、成功体験や「実施しても反応が変わらない」という体験を通じて、いくつかの手応えを得ることができました。 |
---|---|
岩松様 | 当初、私たちの頭の中で想像していた「論理的に正しい」と信じていた仮説と実際の結果が異なることを何度も経験しました。事前に実施項目を絞り込まずに実施し、その上で検証を繰り返すことの重要性に気づかされ、トライ&エラーを通じて成功するケースを集めることができました。 |
6ヵ月で90種類のメール配信を行うのは相当な運用作業が発生すると思いますが、これだけ多くの配信ができた要因は何ですか?
竹内様 | 社内オペレーションを簡素化できたことが大きな要因だと思います。例えば、審査フローを簡略化するために、作成した全てのメールに対して社内審査を行うのではなく、テンプレート部分と内容部分を分けて審査できるように社内で調整を行いました。 |
---|---|
岩松様 | このプロジェクトの期間中、MAの知見と経験を持つMCIさんがMA側の設計や設定に関して対応してくださったことも、大きな要因だと思います。 |
プロジェクトを通じてお感じになられたことを教えてください。
竹内様 |
積み重ねが重要だと気づかされた6ヵ月でした。ABテスト的な小さなPDCAを素早く繰り返すことで、細かな要素が目に見える効果につながることを実感しました。また、小さなPDCAも重要ですが、定期的にMAに蓄積された全データを棚卸しして改めて振り返ることができれば、新たな気づきが得られると思います。 それから、かなりのオペレーションコストがかかることも分かりました。お伝えしたように、オペレーションではシナリオ数に応じたメールの準備、MAの設定、審査などが必要になりますが、コンテンツの改廃や製品メッセージの変更が随時発生しますので、シナリオの維持管理といったオペレーションも必要です。 私たちはプロジェクトを通じて土台を築くことができ、経験値も上がったので、プロジェクト当初より多少は楽になりました。特にMA側の設定については、既存の設定を流用することが可能なので、ゼロから設計する場合と比べてオペレーションコストはかなり低減できるようになったと思います。 |
---|---|
岩松様 | このプロジェクトを通じて、オウンドメディアとMAを活用した情報提供の限界と実態を、実体験を通して理解できました。このことは、デジタルマーケティングに関わるチームとしては大きな意義があったと思います。 |
竹内様 | 加えて、MAの結果を他部署に伝える際には、しっかりとコミュニケーションを取って進める必要があると感じています。例えば、他部署に単純にアクセス数だけを伝えると、3rdPartyとの単純な比較による感想が返ってきます。この声を真摯に受け止めながらも、3rdPartyとMAのアクセス数の持つ意味合いの違いをきちんと伝えることが、より良い連携につながると思います。 |
PDCAを回すことは、顧客の解像度を上げることにも寄与しましたか?
岩松様 |
顧客理解が進むきっかけにはなったと思います。メールの件名や文面を変えたり、先生がメールを開くタイミングを考慮したりして検証を繰り返す中で、反応していただきやすいメールと反応していただけないメールはどういったものか、またそれにはどういう背景があるかなど、社内で議論しながら顧客を理解しようとする機会を持つことができました。 また、このプロジェクトを終えた後も、チーム内で継続的にディスカッションを行っており、少しずつメールを受け取る顧客の理解が進んできていると感じています。 |
---|
実際にMAを活用されて、どのような成果がありましたか?
竹内様 |
成果としては大きく2つあります。 1つは、具体的な成果として、配信に対するクリック率が約1.8倍になったことです。6ヵ月の間に様々なパターンのメール配信を実施した積み重ねによって得られた知見の成果だと思いますし、MA活用の進め方についても経験則として明確になりました。 2つ目は、MA活用におけるシナリオ設計を行った経験値です。シナリオ設計はMAのみで活用するものではなく、他の3rdpartyでの配信などにおいても重要な、プロダクト戦略をデジタルでどう実現するかの全体像そのものだと考えています。それを設計するための手順を踏んだ経験は非常に重要なものだと考えています。 |
---|---|
岩松様 |
MAを活用することで、医師目線の情報提供が可能であることが確認できたのも成果の1つだと思います。医師版マルチメディア白書の調査データによれば、プロジェクトの進行と共に弊社のターゲット医師への医療従事者向けサイトの役立ち度が向上したことが示されています。 その他の要素もあることはもちろん理解していますが、実際にMAを活用することで先生方の処方判断に役立つ情報を提供できるようになりつつあるという評価をいただけたのではないかと思っています 。 |
MA活用のポイント
MA活用は、どのようなステップで進めていくと良いでしょうか。
岩松様 |
最初のステップは、従来の定型的なメールの改善から始めるのが良いと思います。私たちの今回のプロジェクトの中でも初めに実施したことで、どのタイミングで送信するのが適切か、メールの内容をどう変えれば良いかなど、「配信するメールの最適化」を考えることが始めやすいです。そして、このステップを経ることは、MAを活用することによるインパクトの大きさや手間などの感覚を掴むためにも、とても良いことだと思います。 次のステップとしては、メールの送信方法の高度化に取り組むのが良いと思います。特定のタイミングに合わせた配信や、何かをトリガーにした配信など、ちょっとしたシナリオのような内容です。 これらのステップを経て、初めて本来のMAの活用方法である連続的なシナリオ作成や、セグメントに応じたシナリオ作成といったプロジェクトにおける「シナリオ設計と実装」が進められるのではないでしょうか。 さらにその先のステップとして、スコアリングによるMA活用があります。スコアリングには、顧客向けのメールのスコアリングと、MRとの連携のためのMR向けのスコアリングがあり、より複合的な要素を勘案して検証を進めていく必要のある活用方法だと思います。弊社としてはここまでまだ至っていませんが、いずれチャレンジしていきたいと思っています。 また、MA活用を進めるためには、MAに関するスキルだけでなく、プロダクト側との調整も必要です。例えば、前述のプロジェクトでは90種類のメールを配信しましたが、メール文面の作成にはプロダクト側の協力が必要ですし、これだけの労力を割いてもらうことに納得してもらうための説明も必要です。このような点をプロダクトに理解し協力してもらうためにも、上記の順番で進めていくのが進めやすいのではないかと考えています。 |
---|---|
竹内様 |
岩松の話の冒頭にあった、定型的なメールの改善のステップですが、ここでMAの期待効果を明確にしておくことがMA活用における重要なポイントだと思います。 期待効果を見誤ると、MAにかけるべきリソースを見誤ってしまいますし、壮大なシナリオを作成したにもかかわらず、シナリオの前半でほとんどのユーザーが離脱してしまうことも起こり得ます。シナリオはMAの醍醐味ではありますが、効果的なシナリオを作成するためには、まずMAの性質や期待効果を正しく捉え、その後段階的にシナリオ作成を進めていく必要があると思います。 |
岩松様 | MAは誰でも使いこなせるものではなく、スキルや知見があって初めて活用できるものですので、スキルや知見を蓄えながら段階的に高度な活用に進んでいくのが良いのではないでしょうか。 |
今後の展望
今後、MAの活用範囲をどのように広げていこうと思われていますか?
竹内様 | 今後の展開としては、デジタルのみで情報提供を完結させるMA活用と、MRと共存した形のMA活用の両面を強化していく必要があると考えています。ただ、後者については、MAに蓄積されたデータの活用という観点で課題を感じており、今後はMRが活用しやすく、活用したいと思える形でデータを共有していく必要があると思います。 |
---|---|
岩松様 |
引き続き、PDCAサイクルを回して検証を進めることが重要だと考えています。小さな改善の積み重ねが確かな成果につながることが分かったので、社内外にアンテナを張り、検証すべき要素を迅速に検証し、内容の最適化を継続していきたいと思います。また、一部の製品だけではなく、他の製品にも横展開していき、製品ごとの違いなどの学びを得ながら次に進んでいくことを繰り返していければと思います。 さらに、MAで得られた知見は先生方のニーズに沿ったデジタルによる情報提供の考え方の基盤になっていくと思いますので、デジタルによる情報提供全体で活用し、先生方の満足度を高めていきたいです。 |
デジタルマーケティングチームとしての今後の展望を教えてください。
竹内様 | 私たちだけでは何かを成し遂げることは難しいため、プロダクトやセールスとのコミュニケーションを深めながら、限られた人員で業務を進めるための効率化も必要です。MAについても、手数のかかるMAの質を落とさずに、いかに数多く回すことができるかという実務面の最適化を目指していきたいと考えています。 |
---|---|
岩松様 |
現在、昔のように多くのMRを抱えて情報提供していくことが難しくなっている中で、自社医薬品の適正使用に必要な情報をどのように届けていくかは非常に重要なテーマの一つです。一方で、情報の受け手である医師等の医療従事者の皆様の情報入手方法についても多様化しており、情報を届けることがますます難しくなっています。 そのような状況下で、医師等のニーズに合わせた情報提供を行うことはもちろん、製薬企業として絶対に届けなければならない情報をどのように届けるかを、デジタルチャネルの使い方を継続的に検討しながら見出していくことが今後必要になるだろうと考えています。 特に、医療従事者向けサイトは自社製品の適切な情報提供を行う上で非常に重要なプラットフォームであり、多くの先生方が処方を検討する際に最も情報の信頼性が高いと考えてくださっています。 その期待に応えるためにも、より多くの先生に活用していただき、ニーズの異なる先生に、欲しい情報を適切なタイミングで提供することを考え続けなければなりません。さらに、MRやデジタル、その他のツールをどのように組み合わせて、それぞれの先生に合った情報提供を行うかを継続的に考えていきたいと思っています。 |
(文:下村)